コミュニケーション, 男性向け, 女性向け

人に何か伝えることはむずかしい。

言葉を直接対面して口で伝える。
言葉を文章にして伝える。

いずれにしても、とてもむずかしい。

なにがむずかしいかって、こちらが意図しないところへ受け取られるからだ。

たとえば「優しいだけじゃ男はダメ」ということを書いたとする。
する、って仮定の話っぽいけど、この前書いた。
この文章を「優しい男はダメだ」と受け取られることがある。そんなことは書いておらず、優しいだけではダメよ?って書いているのにだ。

直接対面して話すと、「あ、誤解されているな」とわかればフォローできるが、文章だけだとフォローできない。

誤解を招くような文章は有名人ならネットニュースに取り上げられ、本人が意図しない違った文章で拡散されるかもしれない。こわいこわい。

なるべく誤解のないように書くと、どうしても説明くさい文章になってしまう。自分で読んでいてもおもしろくない文章が出来上がる。

それだと何のために書いているのかわからない。
自分で読んでおもしろくないのなら、他人が読めばもっとおもしろくないはずだ。
なるべくおもしろくないことは書きたくない。なるべくじゃなく、書きたくない。

もちろん、文章は何か伝えたいことがあって書く。
でも読んでもらわないと何の意味もない。まず自分がおもしろいと思うことを書き、それに共感してくれる人がいればうれしくなる。
10人中、10人が喜んでくれる文章は誰にも書けません。1人いたら超ハッピーでしょう。

ちなみの今日の文章は「伝えることは思う以上にむずかしい」ということが言いたい。

1つの伝えたいことを軸にして文章にしていくと、自分では同じ軸で書いているつもりだが途中で脱線する。
脱線した話がメインになっていくと、何を伝えたいのか自分でもわからなくなる。実際、おれも何個かそんな記事はある。

カタチに残る文章でさえそうだ。

これがトークになるともっともっと脱線していくだろう。
居酒屋の会話なんて、出だしの話と終わりの話の共通点なんて何もないんじゃないか。

最初は「最近タピオカを見なくなった」から話が始まって、最後は「地球温暖化は本当だったのか」とまったく関係のない話にたどり着いたりする。

ね。話が違う方向に行くでしょ。
「伝えることは思う以上にむずかしい」を話しているはずなのに、「人の話題は移ろいゆく」という話に変わっている。
でも男って、話題が脱線したら話を元に戻そうとする人がいるよね。脱線した話で盛り上がってるのに。
わざわざ話を戻したのに、うまく展開できなくてつまんなくするのって、あれなに?

というわけで話題を戻そう。
人に何か伝えることはやっぱりむずかしい。

今日も来てくれてありがとうございます。
むずかしいことを伝えるのも、むずかしい。
ヤスでした。

恋愛テクニック, 男性向け, 女性向け

by糸井重里。
by~の書き方が90年代っぽいね。

糸井重里さんがほぼ日の対談で語っておられました。

性は違いなんですよ。
性という字がつくものはぜんぶそう。
酸性とアルカリ性だってそうだよ。
「性的な魅力」というのは、
「違い的な魅力」のことだと思います。


https://www.1101.com/home.html

なるほど。さすが糸井さんだ。

恋愛テクニックで「共感」がある。
共感する趣味、思考、モノを持つ人には好意を抱く。

共感っていうのは思わず口から「わかるぅ~!」って言ってしまうこと。

共感が好かれる理由なら、元は「反感」だ。
もともと人同士は違うものだから、共感に惹かれる。
違うってわかっているからこそ、たまにある「共感」に惹かれる。

これが「共感」を軸に考えてしまうと、こじれる。

どうして君は僕のことわかってくれないんだ!

あなたはいつも私のことを理解してくれない!

そんなすれ違いが起こってしまう。

「共感」は違いから生まれてくる。
違うからこそ、共感が恋愛テクニックになる。

ほら、浮気とか不倫の理由で「相手がパートナーより自分のことを理解してくれたから」ってあるじゃない。
そりゃあ、関係をもつためなら共感していなくても、共感したフリするって。

関係が深くなると、お互いちょっとずつ遠慮がなくなってくるから、自分を出していく。そこでうまれるすれ違い。すれ違いは「相手は自分のことをわかってくれている」という妄想から始まる。

いくら親しくても、たとえ家族であっても、自分とは違う。
自分と親は違うし、自分と子ももちろん違う。
血が濃いのにそうなんだから、他人なんてもちろんそう。

だからこそ、ふと交差する「共感」に人はどうしようもなく惹きつけられるのです。

だからね、違いを楽しもう。
たまに交差する「共感」を喜び合おう。
どこまでいっても違う二人なんだから。

さらに糸井さんはこう語っていました。

親密になった場合は、
「性」が、つまり「違い」がなくなっていき、
一体化して自分化するんです。

だから、パートナーや家族って
自分の延長線上の人のことだと思うよ。


https://www.1101.com/home.html

今日も来てくれてありがとうございます。
60年考えてきた人のことばは良い意味で重いなあ。
ヤスでした。

コミュニケーション, 出会い, 男性向け, 女性向け

職場で缶コーヒーを開けたら「え!あー、びっくりした。ビール飲んでるのかと思っちゃいました」と後輩に言われました。
一応、職場では飲まないから。

飲み会はあれば行く。同級生とは1年に1回あるかないか。職場は今はそんなにない。おれ抜きでやっているかもしれないが。
出版やイベントで関わらせてもらった方との飲み会には時間が許す限り出席している。自分でも主催はしている。

ホリエモンも本で言っていたが、飲み会には出会いとアイデアが溢れている。
出会いは男女の出会いだけじゃなく、いっしょに何か仕事をしたりする出会いだ。

普段出会えないような人達に出会うと、おもしろい話が聞けるし、自分でもアイデアが浮かんできたりもする。飲んでいるのでノリで話が進むことが多い。

飲みの席だと、フレンドリーになりやすい。形式張った挨拶も必要なくなるし、お互いに本質が見えやすかったりする。
ビジネスライクの付き合いを続け、時間がかなり経ってから「この人は合わないな」と思うような場面でも、飲み会だとすぐわかることが多い。

人は思考をすると余計なことを考えてしまう。
行動するために時には思い切ったことが必要なのに、思考するとマイナス要素が気になり行動できなくなる。
その制限が飲み会ではなくなりやすい。

飲み会の中での話はノリで動く。
「お!それいいねー!」なんて言って話がどんどん進む。
楽しそう。なんかワクワクする。よーわからんけどおもしろい。
そんな要素が飲み会のノリにあふれていて、いつのまにかチームが出来ている。

自分がプロジェクトリーダーになって何か始めるもよし。
人が何かをしたいなら、それを手伝ってもよし。

飲み会で始まるんだから、もう盛り上がっちゃってるし、先に打ち上げをしているようなもの。要素的には成功しやすい。

というわけで、Facebookで飲み会イベントを定期開催しています。
参加費はありますが、1500~2000円程度。
参加者はほとんどはじめましての方です。
会場は大阪です。興味があればぜひ。

今日も来てくれてありがとうございます。
そもそもお酒が好きなんです。
ヤスでした。

マインド, 男性向け, 女性向け

おれはモテるけど、完璧な人間じゃない。もうそれはそれは、ほんとどうしようもないと言ってもいい。必死で隠すけど隠しきれなくて漏れる。まわりにはバレバレだ。

もっと人の心が分かればなあ。
空気が読めればなあ。
言葉に責任を持てればなあ。
調子に乗りすぎよなあ。
自分の楽しさ優先しすぎよなあ。

と、考えだすと反省と後悔だらけだ。たまにシャワーを浴びながら、お酒のせいで吐きながら嘆く。貪欲に楽しいほうへ行こうとしてしまう自己嫌悪。

自分で行き過ぎやなと思うとこは直す。直そうとする。それでもやっぱり「しまった!」と思うことは多い。

最初はね、最初というかつい最近までね。このコンプレックスが分かっていなかった。
そう。コンプレックス。人より自分が劣っていると思う部分。おれは劣っていないと自分に言い聞かせていた。

気にしないのとは違う。
自分で劣等感を認めるのとも違う。
自分を受け入れてるのとも違うんだ。

見ないようにフタをしていた。

自分で自分がイヤだなと思うところは、無理矢理押さえ込むようにポジティブに変換させていた。

一見、自分を肯定しているようで、実は異なる。
自分のコンプレックスを認めず、「おれはこういう人だから」とまわりに強要していただけ。

自分にオーケーを出せなかった。
それで、出しているつもりだったんだ。

見ないようにしてなかったことにするのと、
しっかり向き合って認めるのは違う。

表面上は似ている。
でも異なる。

しっかり向き合って、自分のキライな部分が枕を殴りつけるくらい恥ずかしくても、フタをしたらあとでキツイよ。

今日も来てくれてありがとうございます。
自分を自分で好きになることほど難しいものはない。
ヤスでした。

マインド, 小学校ですべて学んだ, 男性向け, 女性向け

ありがたいことにたまーに相談メールが来ます。恋愛相談。
ほんとにたまーにしか来ないので、それはそれはおもいっきり、丁寧に、心を込めてお返事させてもらってます。相手が「ここまで書いてくれるなんて・・・」とちょっとひくくらい。
「もう毎日毎日相談メールは勘弁して!ちょろっとだけの返事で許して!」ってくらい思いたいので、ドシドシ送ってくれても構いません。

メールにはちゃんとお返事はするのですが、絶対に相談に乗れないものがあります。この場でちゃんと言っておきます。

病気と不倫系。

病気はおれにはどうしようもないから病院の先生へお願いします。
精神系の病もそちらへ行ってください。

不倫は不幸しかうまない。あなたが先生へ相談に行くんじゃなくて、あなたへ弁護士の先生から突撃されます。

どれだけ美化しようが不倫は不倫。文化だなんてとんでもない。

あなたが結婚していたら直ちにやめるべきだし(~べきは好きじゃないけどここでは言う)あなたが独身でも相手が既婚者ならさっさと別れてください。
ハッピーエンドはありません。奪えば奪われるし、金銭面でも奪われます。

パートナーからDVを受けてて不倫に走る。
一見許されそうだけど、不倫の言い訳にはならない。DV自体を弁護士の先生へ相談でしょう。

不倫はドラッグといっしょ。

「いつでもやめることができる」
「快感だけを味わえる」
「悪いことをしている高揚感がある」

単なる火遊びなんだからヤバくなったらすぐやめるよ。
なんて言っていたら深みにハマり抜け出せなくなる。
待っているのは自分たち以外の人も巻き込んだ生き地獄。

「楽しいことをすればいいじゃない♪」なんてここでは思わないで。
あなたが楽しいことをして、まわりが不幸になるのなら、それはいけないこと。

「人のものを盗ってはいけません。泥棒です」

小学校で習うよね。
どんな自己啓発系の話を持ってきたって、それは自分ファーストだろうが、嫌われる勇気だろうが、結局、泥棒は泥棒。

今不倫をしている人。もう状況はヤバいかもしれませんが早く目を覚ましましょう。

今日も来てくれてありがとうございます。
全力で止めてもやめてくれない人がいます…。
ヤスでした。

マインド, 男性向け, 女性向け

自分の今までの考えをガラっと変えてしまう出来事がある。
それは自らの経験であったり、だれかの話を聞いたり。

自分が苦しんでいた考え。
思いもしない考え。
楽になれる考え。

こんなふうに思っていいんだ。
今までそんなこと考えたこともなかったな。
なんかすごい気が軽くなったよ。

例えばこういうことだ。

「食事は好き嫌いせずに何でも食べなさい。」

野菜がニガテ。食べるのがキライ。味がキライ。でも栄養や作る人のことを考え食べないといけない。
ニガテなものを残すから、いつも食事時間は長い。

そうやって育った人が新たな考えに出会う。

「食事は楽しむもの。苦しむものじゃない。好きなものを食べればいい。キライなものは残していい」

これまでイヤイヤだった食事が楽しい時間になる。
おいしい。うれしい。食事が楽しみ。

逆もあります。
「食事は好きなものを食べればいい」
から
「食事は残さず食べましょう」へ。

これまで好きなものばかり食べ、作ってくれた人への感謝がおろそかになっていたことに気付く。全部食べて作ってくれた人を喜ばせよう。

どちらが良い、悪いって考えじゃなくて、「どちらもいい」。

これまでの考えと真逆に近いことを言われると衝撃をうけます。

「え!そんな考え方があるの?!」

それを自分が受け入れ取り入れる。

自分が新しい考えに救われた。だから人にも教えよう!

ついつい人に自分の新しい考えを強要してしまう。
それを受け入れられないと悲しい気持ちになる。

気に病む必要はまーったくない。

というか、強要しなくてもいい。

ビュッフェスタイルの食事のように、こういう考えもあるよ。とそっと置いておく感じでいいんじゃない?選びたかったら強要しなくても選ぶさ。

○○という考えにならないといけない。
○○のように思わねばならない。

思考はどこまでも自由。

あなたの考えに救われる人もいるし、うっとうしがる人もいる。
それも自由。

あなたは縛られないし、あなたも縛ることはできない。

今日も来てくれてありがとうございます。
思考が合うとバチっと共感がうまれます。
ヤスでした。

マインド, 男性向け, 女性向け

自己肯定がモテるキーワード。

「まるごと自分を認める」
「まず自分を好きになる」

今までいろんな自己啓発系で語られていたのは自己肯定なのかな。
なんて本を読みながら思った。

おれは自己肯定がすべて出来ているかというと、まったくそんなことはない。
(これからまだまだモテるってわけだ!)
よくカミさんからも友だちからも叱られる。

まず、自分で自己肯定ができているなと思う部分はこれだ。

失敗を失敗と思わない。
人の良い部分は素直にすごいと思える。
カタチだけの人付き合いはしない。
何も言わずに誰かに理解して欲しいと思わない。
イヤなことはイヤだと言う。
自分はダメなところもあるけど、それは認めている。

このあたりは出来ている(と思う)。
色んな人(主に女性)との付き合いでアップデートされていったのでしょう。

向き合わないといけないのは、自分への意見の向き合い方だ。

過去、超イエスマンだった反動か、自分の反対意見は叩き潰す勢いで攻めることがある。正論という名の暴力を使い、自分の意見をなんとしてでも通そうとする。これ、常にそんなわけじゃないんだけど、あるんだ。

おれが正しい。あなたは間違っている。

裏返すと、自分に自信がないんだろうね。やっぱり人の評価を気にしてしまうんでしょう。。
人の評価なんて別に気にしなくてもいいわけで。
そりゃあ、悪い評価ならヘコみますよ。

でも、それでもいいじゃないか。
ヘコんでもいい。

自分の反対意見があってあたりまえ。
そんな意見もあるんだねー。
そんなスタンスでいいじゃないか。

自分で思っている分にはいいんだけど、相手に自分のイヤな部分をやられるとスイッチが入ってしまう。情けない。まだまだなんでしょう。

むかついてもOK!
そんな自分もOK!

こうやって、どんな自分にOKを出していくとね。「それじゃあ何も成長しないじゃないか」と最初は思ったんだけど、そうはならないんだ。

自分を認めているからこそ、これまでにない考えが出てくる。
自分を認めていなければ、そんな考えが出てこない。

ダラダラしている自分がイヤでイヤで。そんな自分がキライで変えたくて。
でもダラダラしてしまう。

OKを出すと、ダラダラするんだけど、違う方面でやる気が出たり、
ダラダラしていたことを挽回しようとヤル気が溢れる。
相乗効果でダラダラしていることが少なくなったりする。

そんな自分にさらにOKを出す。よくやった。さすがおれ。

どんな自分にでも、OKを出すと自己肯定は始まる。
すると変化は始まる。
なんだ、これは。と本当に思うよ。ええ。間違いなく。

毎朝ね、尊敬する人から聞いた話を実践しているんだ。
簡単に誰にでも無理なくできる。
でもね、ちょこちょこ忘れるんだよ。

はぁ~~~。こんなことも出来ないおれってオバカさん。
って、思うんだけど、

オバカさんなおれもOK!
気づけただけでおれはすごい!

って考えるとね、自己否定感がなくなる。

おまえはほんとに何もできないな。
こんな簡単なことさえちゃんとやれないの?
どれだけの時間を向き合って来たんだよ。
才能ないね。さっさとやめれば?
そんなことしても時間のムダ。

こんなことを言われて、あなたは物事を続けられますか?
じゃあ、無意識に自分にその言葉を投げかけているとしたら・・・。

今日も来てくれてありがとうございます。
汝自身を知れ。
ヤスでした。

恋愛テクニック, コミュニケーション, 男性向け, 女性向け

逆をいって、モテる」の話に近いかな。

よくここで言っている「相手はあなたの話に興味がない」。
すごい自己否定に聞こえるかもしれないけど、まったくそんな意味はない。

恋愛関係をうまくいかせたかったら「自己肯定」は欠かせない。

まず、自分を認める。自分を好きになる。
自分を好きじゃないと、相手に失礼です。
しっかりと自分を認めてから「相手はあなたに興味がない」という意味をわかってもらうとしっくりくるはず。

じゃないと、どんどん落ち込んでしまうから。
「誰も私に興味はないんだ・・・」なんていう発想にはなっちゃいけない。

自己肯定を簡単にしてしまう方法は、佐藤由美子先生のシンクロちゃんがおすすめ。
シンクロちゃん一瞬で人生を変える「10秒スイッチ」の法則

佐藤先生に「シンクロちゃんの本、モテる上でめっちゃ大切だと思うんですが、おれもシンクロちゃんの方法を紹介していいですか?」と失礼を承知で聞いてみたら快諾いただきました。

人に嫌われてしまう人はどんな人か。
自分が苦手な人はどういった人か。

多いのは「自分の話ばかりする人」でしょう。
だから恋愛テクニックでは逆の「聞き上手」とか「褒め上手」がよく出てくる。

あなたもそうだし、おれもそうなんだけど、
みんな自分の人生の主役は自分だ。
だから話を聞いて欲しい。自分が主人公の物語を聞かせたい。

そして、それは抜群につまらない。

いや、おもしろい人ももちろんいるよ?
刺激のない内容であっても、話すのが上手い人なら「おもしろいなぁ」って思える。

話をうまくなれ!っていうんじゃなくて、相手のことを考えると相手の話を聞いてあげて、おもしろくしてあげればいい。ただ聞いているだけだとあなたもつまらないだろうし。

漫才のボケとツッコミのように、ボケはツッコミがないと生きない。テレビ番組で重宝されるのが「ツッコミ」の人のように、相手の話に興味をもって聞いて、相手を立てるように話を促したり、その時の感情を聞いたり、おもしろければ笑ったり悲しければ悲しむといい。

これがモテるコミュニケーション。

自分の話をして相手が聞く。
相手の話を自分が聞く。

これはコミュニケーション。

自分を出してしまうと、自分の考えで相手を枠にはめてしまうから、ついつい否定したくなる。
「いや、それは違うよ」
「そうは思わないかな」
「いやいや、そんなこと聞いてるんじゃなくて」
こんな言葉が出てきたら、自分を出しすぎ。

相手は自分が主人公の話をしたい。
あなたもあなたの主人公なんだけど、相手の世界を尊重しましょう。

今日も来てくれてありがとうございます。
バラエティ番組のMCはみんなツッコミ役。
ヤスでした。

マインド, 小学校ですべて学んだ, 男性向け, 女性向け

これは一番タチが悪い。
「悪気がないのが一番悪気がある」とはよく言ったもんで。
なにしろ、本人がわかっていないもんだから、本人が防ぐのが難しい。

自分で言うのもなんだけど、おれです。

相手に言われてはじめて気付く。
言わないままで我慢させてしまっている人も多いんだろう。

おれはいつもいつも自責の念でいっぱいです。

「なんであんなことを言ってしまったんだろう」

自分の言葉には気をつけている。
「つもり」なだけなんだろう。
気をつける。気をつけないといけない。

そして自分で悪いと思ったら素直にあやまる。
心から、謝罪する。

謝罪だけだと自己満足になる。
自分がスッキリしたいからという気持ちに受け取られる。
実際にそういう面もあるんだから。

相手のイヤな気持ちは拭えない。傷は癒えない。
それでも申し訳ない気持ちをもって、誠実に接する。

「私はそんな人間だから」と主張してしまうと、自分は何も変えようとする気がないし、誠意もない。私は変わらない。あなたが合わせろ・理解しろという主張になる。
結果、同じことを繰り返してしまう。

相手のことを考え、理解に努め、誠実に接する。
あたりまえのことなんだけど、あたりまえは難しい。

おれが常々「相手を徹底的に考える」っていうのも、そもそもが苦手だから。
ちゃんと意識して相手を考えると、うまくいくことが多いんだ。

「人が嫌がることはしてはいけません」

「お友達の良いところを探しましょう」

「イヤなことはイヤとはっきり伝えましょう」

「お友達には素直に謝りましょう」

小学校で習ったこと。
ここでも生きてくる。

小学校のとき、いじめ問題があった。
担任の先生が1人の生徒の足を踏み、

「痛いか?先生は全然痛くない。踏む方はどこも痛くない。
君たちは誰かの足を踏んでいないか?わざと踏んでいないか?無意識に踏んでいないか?
相手の痛みは本当のところわからないんだから、わかろうとする大人になってくれ」

と涙ながらに言ってくれた。

今日も来てくれてありがとうございます。
生徒の足を踏むなんて体罰だ!って今なら言われる世の中です。
ヤスでした。

恋愛テクニック, コミュニケーション, 出会い, 男性向け, 女性向け

グデングデンに酔ってしまって、記事を書こうと思っていたら歯磨きしてシャワーしたらそのまま寝てしまいました。
どれだけ酔っていても歯磨き&シャワーは欠かせません。覚えていないけど。

人見知りなクセに新しい人に出会うために出かけます。
いや、人見知りだからこそ会いに行くんだろう。

どうしても、同じルーティンで生活すると視野が狭くなる。
新たな人と話すと「え、こんな考え方あるのか」とよく気付く。

働いている人はこういったことがあるだろう。

企業が抱えている問題が異業種の人の意見であっさり解決へ向かったりする。
固定観念ができあがってしまって「こうあらねばならない」ってのが誰にでもあるもんだから、それを全く違う分野の人の意見で改善に向かうことがある。

自分と似たような人。同じ分野の人と会って話すのも楽しい。共感作用が生まれているから。

自分と全然接点のないような人と会うと、これまたかなり楽しい。
出会えたことに感謝する。

人見知りだからこそ、どんどんいろんな場所へ出向ける。
だって、自分が人見知りだとわかっていたら特に失うものはないんだから。

人見知り=人と出会わない だと、何も起こらない。
これを変えてあげると、0の状態から動く。

もし、全然自分と合わない人がいたって、それで何かを失うわけではない。
もし、めちゃくちゃおもしろい人と出会えたらと考えると、人見知りなんてもったいなくてそんなこと言ってられなくなる。

一時、ナンパをしていたことがある。人見知りなのに!
自分を追い込む、修行です。

思いきって話しかけると、場所にもよるがあまり無視はされない。
やってみなけりゃわからないから。
「こんなギャルな人、絶対ダメだろう」って人に、避けずにいってみると意外と気があったりするからおもしろい。

人との付き合いが自分を成長させてくれる。
運も仕事も恋愛も、すべて人が持ってきてくれる。
嬉しいこともイヤなことも、すべて感謝になる。

今日も来てくれてありがとうございます。
だから、今晩も出かけます。
ヤスでした。