趣味の上達法

簡単すぎる人生に、生きる価値などない。-ソクラテス

意外と、って言葉が使われる時は意外じゃない。ヤスです。こんばんは。

文章を書くのが苦手でした。小学生のとき読書感想文なんてあらすじを見て書いてちょろっと感想を書くくらいで乗り越えていました。

高校生くらいに読書に目覚め、文章を書くことに抵抗はなくなったかな。自分の意見や感想をどう表現するか頭の中に文章のストックがなかったのでしょう。本を読めば「文の書き方」とまでは言わなくても文章の型がわかります。

今では学校で生徒の小論文を添削できるくらいにはなりました。教科書通りのカンペキな文章ではないかもしれませんし、本職の国語の先生が見たら甘いかもしれませんが、大学入学試験にパスできるくらいの文章は書けます。国立大学でも私立大学でも実際に何人も合格させているので間違ってはいないのでしょう。

入試の小論文だと大げさにいうと生徒の今後の人生がかかりますからね。仕事とはいえこちらももちろん真剣です。仕事は真面目にしなきゃいけないか!「てにをは」は抜けていないか。文章に矛盾がないか。論点はズレていないか。誤字脱字がないか。それくらいでしょうか。

人のため、人を喜ばせようとすると、自分自身のことよりチカラは発揮できる場合があります。

おれの親族は奄美大島出身。血がおれにも流れているんですね。奄美大島は鹿児島県と沖縄県のあいだに位置しています。
沖縄とは似ているようで違った独自の文化があり、三味線もそのひとつ。沖縄では三線(サンシン)と呼び、奄美大島では三味線です。奄美三味線。
女性優位の文化のため三味線も沖縄のものより1オクターブ音が高いです。島唄は民謡では珍しく裏声を多用するのが特徴です。

で、この奄美三味線。今、親族で弾ける人が誰もいない。おれが小さい頃は三味線弾きのおじさんがいたのですが、かなり以前に亡くなっちゃって弾き手がいません。

奄美大島は宴会のとき、島唄を歌って、三味線を弾いて、指笛を鳴らし、踊るという沖縄に似た文化があります。お葬式でもそう。いや、これはうちの一族だけなのかな。親族の葬式は大騒ぎです。がんがん騒いで飲んで歌って踊ってわんわん泣きます。葬式なのに賑やか。カミさんは最初度肝を抜かれていました。

ところが今は宴会に欠かせない三味線の弾き手がいない。なにを思ったのか「おれ、やってみたいかも」と思いついたんです。小さい頃の記憶があったのかもしれません。楽器はなにひとつ出来ないのにね。カスタネットくらいしかできない。

そんな話を親戚が集まっているときにしたら「ヤスが三味線を弾きたいんならおっちゃん、買ったるわ!ガハハハ!」と親戚のおじさんが言ってくれました。まぁ飲みの席だし、と話半分で聞いていたら、本当に奄美大島から本場の三味線が送られてきたというね。

せっかく買ってもらったし、興味もあったので弾いてみるんですが奄美大島の島唄、方言がさっぱりわからんのです。あと楽譜がない。沖縄には工工四という三線独自の楽譜があるんだけど、奄美大島の場合は人から直接教わって覚えるんだそう。だから楽譜がない。

こりゃあハードル高いわぁ。と諦め半分で実家のおばあちゃんの前で簡単な練習していたら、認知症のおばあちゃんが

「ヤス、三味線ひけるんか?!」

と目を輝かせたんです。おれもビックリして「おばあちゃん、練習し始めてんねん」と答えるとおばあちゃんは島唄を口ずさむじゃありませんか!おれはもううれしくてうれしくて。

そこから本気で練習を始めたんです。

楽譜もない、教えてくれる人もいないから、Youtubeで奄美大島の人の三味線を弾いている動画を見て指さばきと島唄をおぼえ、真似しました。それの繰り返し。見て実践し修正。その合間に指笛も練習していました。ピィィィってめちゃくちゃ高い音がなるあれね。甲子園で沖縄県の高校が出場するとスタンドで鳴っているやつです。

ようやく1曲弾けるようになり、おばあちゃんと歌いながら遊んでいました。

「三味線をひいてみたいなぁ」って1人で思っているだけなら短期間で上達しなかったでしょう。おばあちゃんを楽しませたい、喜んでもらいたいと強く思ったからできるようになったんだと思うのです。

誰かのためだとがんばれます。

誰かのためだといつも以上にチカラが発揮できます。

楽しませたい。喜ばせたい。いい思いをさせてあげたい。
理由はなんだっていい。あなただけじゃなく誰かのためにやってみては?

ヤスでした。