過去のブログを読んで、継続と出会いが結びつく

一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う。-吉田松陰

一番ひどい出だしは、下ネタオンリーでした。ヤスです。こん○○は。
伏せ字で挨拶したのは、そんなブログがあったから。昼でも夜でもいける挨拶だけど、なんかね。いやらしく感じてしまうのは私だけでしょうか。

パソコンの中身を整理していたら、自分が書いていた昔のブログの記事を見つけました。2003年の自分の文章。保存してたとは。全部で450記事を超えていました。2007年まであったから4年?やるなぁ。
でも、うーん。いったい誰にむけて書いていたんだろう。うん、たぶん友だちと自分へだ。

古典文学で日記があるじゃない。土佐日記、更級日記、紫式部日記。
作者は今も読まれていることを知ったら、お茶碗を壁に投げるくらいはずかしいと思う。

それにしてもはずかしい。オチがない話もあるし、気分ですっごい喜怒哀楽が激しい。彼女にフラれた時の文章なんて、詩なんだか、哲学的なのかわかんない。なんかかっこいいことを言おうとしているのはわかる。
逆にだれかと付き合ったときなんて、フリ切っちゃててこっちのほうがはずかしい。おれはやっぱりモテるわ~的な、完全に自分に向けてた文章だった。
当時の彼女がコメントしているのも、こそばゆくなる。

途中から文体が明らかに変わった時期があったりね。「あー、あの作家のエッセイを読み出した頃だな」と。自分にはわかります。

自分の文章なので、当時に何を考え、何を感じ、何に関心を持っていたのかわかります。みなさんもね、何か今書いていたらぜひ残しておいてください。お茶碗を壁に投げつけたくなります。

文章はずっと書いているとちょっとずつ上達しています。自分のこととはいえ、読んでいたらよくわかる。はずかしいのはかわらんけども。

作家のひすいこたろうさんと出会ったのがブログを書き出して4年後。そのあとくらいに書くのをやめているから、これはマズいと思ったんだろうね、過去の下ネタオンパレード。いいんだけど、よくないんだ。

当時、めちゃくちゃ文章が上手な友だちが身近にいて、書き方を教えてもらっていました。「なんでそんなにおもしろい文章かけるの?」って素直に聞いたらすんなり教えてくれたと思います。今でもその教えは効いていて、常に気をつけてます。文章がうまいといえば、その人、というくらい友だちの間では評判でした。いや、友だちだけの評判じゃないわ。ファンもいたわ。もし今何か書いているなら絶対に読んでみたい。

そして、作家さんに出会い、そこでも文章の書き方は教えてもらえました。直々に指導をしてもらえるなんてありがたいです。本の原稿を書いたときには、編集者さんには赤を入れられるから、やっぱりこれも感謝です。超プロ目線だもんね。

文章は思えばずっと書いています。本になろうがなるまいが。有名になろうがなるまいが、書いています。公開した文章もあれば、していない文章もある。
本業でも書くし、趣味でも書きます。今更ながらこれを書いてて気が付きました。おれ、ずっと書いているわ。

趣味でいろんなことに手を出したし、今もいろいろやっているけど長く続けられること、続いていることって、そんなにありません。燻製料理はそろそろ2年続けているかな。

続けていたら何か起こるんです。仕事でも趣味でも。
「続けられること」に出会えたら、人に出会えます。
人と出会えたら、ステキなことが起こります。

今、なにか続けていることありますか?

ヤスでした。